2016年4月3日日曜日

過去世から今世へ、つながる


おことわり

私はFacebookをしていますが、基本的にリアルの延長ととらえ
実際にお会いして、お話をした方とのみ、つながることにしています。

お会いしたことも、メールを交わしたこともない、
よく存じ上げない方からの申請は、お断りしております。

いまどき!? と言われそうですが、ご理解の程よろしくお願いいたします。



* * * * * * * * *


この1か月の誘導瞑想セラピー講座で
4日間にわたり、セラピーの技法を学びました。

その中で、受講生同士が
お互いに模擬セッションをするのですが
今回は、参加が2名ということもあり、
すべてのセッションを
たんたんさんがつきっきりで見てくださってました。

たんたんさん曰く
ふだんの講座ではあり得ないくらい濃いものだったと(笑)


インナーチャイルドセラピーで
父への想いが出てきたのは、予期せぬことでした。

でも、

父=人生で出会う最初の男性 ですから

セクシャリティの根底には
父と母があるので、当然と言えば当然なのですが。


そして、言葉が詰まるほど感情が出てきました
ずっと、そのあたりのことが引っかかっていたんです

一年前、
真美先生のところで「父親」のワークをした時
私の中にあったのは
『母の目を通して語られた父親』でした。

アンタのお父さんはぁ・・・って。

それしか出てこない。 軽く愕然としました。

父はもう他界したから、もう対話することもできない。

私の中の父像を更新することはできないだろうなって
あきらめていました。

でも、このセッションで出てきたのは、
母のフィルターが入る前の
父と直接つながっていたときの思い出でした。

古代史の好きだった父の影響で 古事記を

星座の好きだった父の影響で 星座の名前とギリシャ神話を


かたことのピアノを弾く姿に影響を受けて私もピアノを

かまぼこの端っこが好きだった父の影響で
私も端っこが好きに(笑)


「私を誰だと思ってるの。  あなたの娘ですよ」


父と、直接つながったことで
またひとつ大切な記憶を取り戻しました。


* * * * * *


私の4回のセッションで出てきたのは
「存在の根源であるセクシャリティのエネルギー」について。

セクシャリティのエネルギーが
生きていく中でのさまざまな制限の中で
封じ込められ追いやられ、
不可侵なものとして次第に光を失って
闇と化していったもの。

その本質を理解し、
封じ込めていたものを解放し、
自分の可能性を信じて、新しい生き方を模索していくこと。

そういった共通のテーマがあったように思います。



後半2日続けて受けた
過去世とインナーチャイルドのセッションは
やはりひとつながりのテーマを浮かび上がらせました。


過去世で得たこと(良くも悪くも)

唯一無二、完全無比の存在であったこと
そのせいで、いかなるグループにも属することができなかった。
それを寛容でない社会の中で、
興味と好奇の目にさらされることは耐えられない。
そこでの分離感、孤独感。

  けっこう・・・こういうシチュエーション多いんですよね
  男としても女としても生きられない姿
  人目を忍んで生きていくみたいな  (;´Д`)

 
そんな私が自分をさらけ出せた、
狂うことで。

狂って、ストッパーを外さなければ
そういった極限状態に自分をおかなければ
自分をさらけ出すことができなかった。

自分をさらけ出したけど、
狂った私を理解してくれる人は現れなかった。
誰かと分かり合い、寄り添って生きることはできなかった。


では今世では?

女性として生まれた私。
相変わらず分離感、不完全な存在。

その人生の中で、
今度は、何かに属することを選んだ、
誰かと分かち合って生きることを選んだ
誰かの成長を自分の鏡として、見届けることを選んだ

淡々とした日常の中にある
淡々とした流れの底にある
大きな愛、大きな奇跡に、気づくこと。
波乱の人生ではなく、
淡々とした人生の中に、いかに見出していくか。
その中で、自分の本質に近づき、理解し、受け止め、発揮していく。

気がふれなくても、正気のままにそれを成し遂げること。


そこで、
この人生の鍵になっているインナーチャイルドの感情と
夫とのパートナーシップへつながっていきます。


これを書いている3/28の昼下がり、
ふと思い立って、下の子2人と散歩しました。
途中の公園で時間をつぶしました。

その散歩の中で浮かんできた想い

今の人生、日常が「あたりまえだ」と思ったら大間違い
なんてことない日常の営みが
どれだけの労力の上に成り立っているか
それだけあなた(=私)の創造と努力の上に成り立っているか

子どもの頃からずっと欲しかった日常

それは、惰性でも、なりゆきでも、
外から与えられたものではなく
あなたが、自分を見つめ、整理し、努力し
プロデュースし、クリエイトし、維持し、調整し、
そうやってあなたが選び取り、勝ち取ってきたものなんだ。

それができない家庭・家族がどれだけあるか。

エゴのままに破たんさせることは、ある意味簡単なんだよ。

そう思ったら、あなたが手に入れた日常というものは
ものすごい価値でしょ。
波乱のない人生では、こういったことに気づきにくいんだけどね、と。

なんてことない日常の一瞬一瞬を
私自身の努力によって生み出している、勝ち取っている
その想いが、
実感として肌にひしひしと感じられました。

潜在意識からメッセージを受け取るとき、
漠然とした哲学的な意味合いのものが多いんですが、
その理由もなんとなくわかりました。

外にあらわれる事象・形についてではなく
内なる動機・意味づけ、そちらの方にフォーカスするんです。

「主婦」という外に見える事象に至る過程で
それが、成り行きの結果イヤイヤそうなったのか
自分が選んだ結果としてそうなったのか
内側の動機が変わると、
外観が同じでも、発揮されるものがまったく違ってくるのだと。

誰かに強いられたものでも
他に選択肢がなかった末の選択だったとしても
「私が私の意志で、この道を選んだのだ」ということ、
それが大事なんだ

そのあたりが
「18世紀少年」で会った、少年からのメッセージそのものでした。

そして、以前の講座「闇こそが本質・闇こそがパワー(4)」
目の前の日常に対してあ~ヤダ!!と
思ったことに対する答えでした。



夕方、長男が試合から帰宅しました。

ふがいない負け方をして、
腹立たしい部分もあるようでしたが
それを笑いに変えて、話してくれました。
後腐れはないようでした。

これも、私が(自分との闘いの末に)勝ち取った
なんてことない日常の風景。

私の心の内は、家庭の中に如実に現れます。
時にぶつかり、せめぎ合いながら
お互いを認め、信頼し合い。

どんなに本質のエネルギーのままにクリエイティブに生きようと
この家族が私の活動のベースである、
そう強く思いました。

いつかは形を変え、離れていくけれど、
「あの時、楽しかったよね」って
ふと思い出し笑いできるような。
そんな心の基地を子どもたちの中に残せたら、と思います。




そして、思いました。

セッションは、
間を置かずに続けてやった方がいいと!


セッションのたびに
意識が様々な方向から光を当てて見せてくれるので
その時浮上している問題が、とらえやすいんですね。

問題の明確さ、理解の深度
なによりそれを受け取った私自身の
変容のスピードが断然違います。

この時期、
これだけの情報と展望を引き出せたのは
私にとって大きいことでした。

潜在意識との対話は、
日常的に自分でできるんですが
やはり深いところに踏み込むには限界があるんですね。

自分でやろうとすると
触れたくない部分、見たくない部分を
意識的に避けてしまうからです。

そして、お金もったいないから
自分でやろうとして、うまくいかなくて
そのうちに、やめてしまう・・・みたいな(笑)

深いところまで潜ろうとすると
やはり、受け止めてくれる器になる人が必要になります。

それが、セラピストのようなガイドであるわけです。
そのことがよくわかりました。




スピードを緩めず、どんどん先へ行くこと

変化を拒み、とどまりたい者を
あなた(=私)が引き返してまで
手を差し伸べる必要はない

先へ進めば、そこで待っている先人たちがいる
そこですべきことがある
後ろは振り返らず、とにかく前へ




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