2016年3月2日水曜日

闇こそが本質・闇こそがパワー(4) ~ 潜在意識と対話する 誘導瞑想セラピー 

  
さて、目の記事、
20歳前後の制限を取り外していく、
なかなかヘビーな時間帯でしたが
たんたんさんはすごく楽しんでいらしたようで、

いいですよ、どんどん出していいですよ、
という言葉に、私も乗っかって
たくさんのとびらが開いては、
いろいろなものが飛び出していきました。

ひととおりの破壊をしつくして、
創造へとシフトしていきます。


* * * * * * * * 

創っていく行く過程と、創ったものを
イマジネーションの世界で自由に感じてみましょう。
「創る?何を?」

それを彼女に聞いてみましょう。
クリエイティブなパワーに満たされているなら、
ものでも、それ以外の体験でも、何でもいいです。
思いつくまま、衝動的に進めてみましょう
「まず料理がしたい」

では、どんな料理か、どんなシチュエーションか、
服装はどうか、詳細に感じてみましょう。

「時間に追われて胃袋を満たすような3度の食事じゃなくて、

食べたいものを食べたい人の顔を思い浮かべて、丁寧に作る」

「文章を書きたいな。ブログを書きたいけど、時間がないから。
一日中、ずーっと書いていたい。それが誰かの心に届くこと。
ちょっとだけよかったっていう気持ちになってもらえたら、
なってもらえなくてもいいんだけど。
書いたものが必要な人の元に届く。」

「沈黙  ん~・・・
旅行がしたいな。

時間に追われなくて、自分の興味があるところに滞在して味わいたい。

観光は興味がないから、鉱山とか、自然だよな。

日本では見られないような広大な自然の中に行きたいな・・・

行って、地球の美しさを知りたいな。」

「・・・・あまり出てこないな」

もう出なくなったら、年齢を上げてみてください。
また新たな衝動が出てきたらそれを見ましょう 


「今の年齢になりました」
今のあなたの衝動的な願望にフォーカスしてみましょう。
どんなイリーガルな、インモラルなことでも
ジャッジせずに感じてみましょう

「いっぱい勉強がしたい。
自分の勉強したい人のことろに行って、勉強がしたい。」

「沈黙 

嫌いな人と関わりたくない

・・・出てこないな」

インナーセルフの目を見て、
出し切ったのか、強い抑制が効いているのか
感じてみてください。
抑制が効いているのであれば、「抑制を外していいんだ」と許可してください。

一回では外れないかもしれないけれども、

抑制を外しても、崩壊も破たんもしないんだということを、

何度も伝えてあげて下さい

 「年を取っていくダンナの姿がいやだ(笑)」



年を取っていく姿を全部見てください、
どうしてそれが嫌なのか感じてみましょう。

「努力していない。維持しようとしていない。無気力、流される感じ」

どうして無気力になってしまうのか聞いてみてください

「変に安心しているところ」

安心感の正体を暴いてみましょう

「マンネリ、怠惰」

怠惰が安心になるのですか?インナーセルフに聞いてみてください。

あなたのインナーセルフは何かから逃げているんじゃないですか?

「逃げているように感じるのは、ダンナの方です。

それを見ていると怒りがわいてくる」
怒りをどんどん感じてみましょう。ご主人はあなたの投影

「あきらめている、努力しない、流される、
この程度って思っている、時間を浪費しているだけ、
許せない、長続きしない、3日坊主、
年を取るごとにあきらめが強くなって変わる力が起きなくなる・・・

これは私のことだけど、いい母親するのもめんどくさい。」

何をもっていい母親とするのか、
誰から刷り込まれたものなのか。
それも、精査して破壊する必要があります

「ちょっと、意味合いが違うんだけど・・・」
意味は通ってなくていですよ

「世間一般的な『いい母親』という意味ではなくて、
今私が心理学を学んだことで、
子どもへの接し方が変わって子どもが変わった、
自分も楽になった、自分も変わった、
それはいいと思っているんだけど、
その中に、恐れがあって、
子どもの人生を自分が狂わせてはいけない・・・から、
そういう心理学的なことを使って子育てをしている。

その恐れは、根底のところで変わっていない。
なんで私がそこまでしてやんなきゃなんないんだ。
こいつらはこいつらでカルマをもって生まれてきていて、
(それは子どもたちが自分で解消していくものなのに)
なんで私がそこまで気ぃ使わなきゃなんないんだ。

勝手に傷つきやがって、いい加減にしてくれ。

それは今の仕事に対しても同じで。

言っても言ってもわかんない奴ばっかで、
表面的なことばっかやってて、
かといって来たところでウジウジメソメソばっかやってて、
いい加減にしろって思う。
自分の人生一回しかないくせに、
怖い、怖いって
言ってんじゃねぇよって、思います。

そこまでして私、人を助けなきゃいけません?
自分の人生だけやってちゃだめですか。
そんなに『ここまでできたんだったら、人に教えるべきだよ』って、
私そこまでしなきゃいけません?
わたしは自分のことさえちゃんとできればそれでいい、

はっきり言って人のことはどうでもいい。

どうせ教えたってわかんないくせに、
ちょっと教えてもらったくらいで楽になろうって考えが甘い、
私だって、ここまで来るのに、
何年かかって、いくらつぎ込んでると思ってんだ。
たった数回セッションしたくらいで
すぐに人生がよくなるなんて思う方がアホなんじゃ。
そういう甘っちょろさだから、何にも変わらないんだよ。
っていうのがあって、

40歳の今の自分に来たら、あ~全部やめたいって思いました。

自分のことするのは好き、
でもそれで人がどうなろうと知ったことじゃない、
なんでそこまで誰かの人生のためにしなきゃいけないのか、
ヨガも好き、
好きだけど、人が良くなるとかどうでもいい。
私は自分の体をよくしたいだけ。
自分の感覚をみがいて、自分のスキルをみがいて自分がよくなる。
けれど、それを人に教える立場、与える立場になった時に、
人との感覚、理解度にギャップがあっていつもそこで苦しい。
それは当たり前のことなんだけど、
なんだろう、自分の根底でどこまで行っても分かり合えない、
どこまで行っても共有できない、
どれだけ時間をつぎ込んでも一番底で分かり合えていない、
その失望感。
人と関わるといつもその失望感の方が来ちゃうんですよね。
同じ感覚が共有できない。」

どうしてその失望感ばかりが出てくるかは、理由を感じてみてくださいね
単純に考えれば(他者への)期待値が大きい、ということですよね。

相手の中に深くかかわれば関わるほど、愛情、期待値も深くなるということですよね、

そこにまどろっこしさが出てしまう。では何故その期待を感じてしまうのか、対話してみてください

「ん~、赤ちゃんが出てきた。

『なんでくれないの』って言っている()


そこにループしていますね

「欲しいものくれない、って言ってくる。」

どうすればいいんでしょう、赤ちゃんに聞いてみてください。

ここから抜け出て次のフィールドに行くにはどうすればいいのか。

いつまでこのゲームをやるの?って聞いてみて下さい

「生まれなきゃいけないんだよね~わかってんだけどね~って言ってる」
「いつまでもそんなこと言っていたら、強制的に出すよ、って。

出す、っていうのは必死こいて稼がなきゃいけない状況にさせるよ、って」

見えない子宮の中にとどまっているから、
いずれその子宮はいずれ破たんするわけですよね。
そこまでわかっていれば十分ですね。
これからの展開は赤ちゃんとの会話を進めていく中でわかっていくので、

それはまた次の機会に。


≪ 続きます ≫

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