2015年9月25日金曜日

パートナーシップを考える(4) ~ Which Is Your Choice ?

さあ、ここから
行動を変える第一歩を始めましょう

紙に書き出してください。

いいですか、自分で書いてください。

人のブログ読んで、ちょっと共感したくらいじゃ
人生 何も変わりませんよ。

人の経験に便乗して、経験した気になって
「私は癒されたの~」って美化が一番たちが悪いですからね(笑)
 

まず、
「どうせ、私は」
の部分を書いてください。

「どうせ私は、愛されていない」
「どうせ私は、許されていない」

ご自分の言葉で思いつく限り書きましょう。
そうしたらそれを、横に書き換えてみましょう。

「愛されていない」→「愛すもんか」というように。

「愛されてない」と思うから「お前なんか愛すもんか!」
「許されてない」と思うから「お前なんか許すもんか!」
ってなるわけです。

「負けている」って感じているから「負けるもんか」って
思ってしまうんです、相手に。

感情のからくりですね。


書けるだけ書き出したら
今度は
ちがう紙に、「どうされたいか」書いてみましょう。

素直な気持ちで。
 
「愛されたい」
「許されたい」
「受け入れられたい」


あなたの中の、素直な気持ちを書いたら
その横に 違う表現に書き換えてみましょう。

「愛されたい」→「愛したい」
「許されたい」→「許したい」
「受け入れられたい」→「受け入れたい」


わかりますか?
あなたの中の「愛されたい」という思いは
「相手を愛したい」という想いと
表裏一体なんです。

つまり、
誰かを愛することで、はじめて
あなたの中の「愛されたい」という思いが
満たされていくんです。

夫婦、男女の対、ってそういうことなんだと思います。
 
相手を通して、
自分を大切にすることを学んでいくことなんです。

では、先ほど書いた2枚の紙を
目の前に並べて置いてみましょう。

  
じっと、見ていると
紙に書かれた言葉の放つエネルギーを感じると思います。
  
どちらが、いいですか?

どうなりたいですか?

もう、答えはわかっているでしょう。
 
どちらか一枚の未来を選んだら、
片方は、「これまでの古い私」として
破棄しましょう。

まあ、紙は両方とっておいてもいいですよ。

自分が感情に乗っ取られている時、
両方の紙を見比べてみるのも面白いかもしれません。
感情が客観的に見れるのでね。


  
そして、新しいパートナーシップを
始めてください。
  

自分の非を認め、
つまらないプライドを捨て、
「拒絶されるかもしれない」不安を捨てて。
 
最初は、演技からでもいいです。

頭を下げる勇気をもって
「ありがとう」って言ってみましょう。
相手の反応を期待せずに。


「私が伝えたかったから、言った」
それで十分ではないですか?

パートナーシップを考える(2) ~女性性の否定

私は「産後クライシス」の中に
妻側の女性性の否定、という問題があると思っています。

もちろんそれだけではありませんが、
大きな割合を占めていると思います。

もちろん、男性側にも
問題はあるのですが、
今回は女性側から見ていきます。
なぜか、というと
家庭の鍵を握るのは女性だからです。


多くの女性の中に、
「女性性の否定」という問題が潜んでいます。

私自身もありました。
私は、思春期の頃、食べることを制限したので
一時期、生理が止まり、
女性らしい外観になるタイミングを逃しました。
  
後から思えば、
成熟した女性に変化することへの恐れがあったんです。
その時は気づきませんでしたが。
  
『 女性性の否定 』
ピンときにくいかもしれません。

では、こんなふうに聞いたら、何と答えますか。
「生まれ変わって、また女性に生まれたいですか?」

その時の気持ちに、ヒントがあるかもしれません。
私は「女は損だ、次は男がいい」って思っていましたから。

親や、親族に
「男の子ならよかったのに」って言われたことはありませんか?
おなかの中にいるとき、
誰かが軽い気持ちで言った言葉を聞いてしまったかもしれません。

この前も、
あるタレントさんが、おなかの中の第二子が女の子だとわかって
「男の子ができるまで産み続けます」とか
言っているのを聞いて、
あちゃ~と思いました。

ママにしてみれば、おなかの子はおなかの子で大切で
マスコミへのリップサービスのつもりでも、
おなかの子にしたら、存在全否定なわけです。

「女の子のわたしではダメなんだ」
そんな思いをすでにもって、
生まれてくる赤ちゃんがいるんです。

生まれてからも、
兄や弟など、男のきょうだいが優遇されることがあります。
そうすると、女の子は、
「私が女だからダメなんだ」という感情を積み重ねます。

昔は、女の子には
「優しくて、献身的で、親思いであること」が求められました。
そこで、また「私らしく生きること」との葛藤が生まれます。

それを何とかしようと、
つい男の子にライバル心を燃やす、張り合う、
結果、
「女として幸せになれない」
「やっぱり女ではダメなんだ」という結果を招くんですね。
  

さらに、育てられる過程で
母親から刷り込まれます。

何を?
父親像を。

自分の父親を思ったとき、思い浮かぶ姿、性格。
それは実は
母の言葉を通して語られた父親の姿なんです。

つまり、
母が、彼女の夫に対して感じていた不満、怒り、恨み、
そういったものを、
聞かされ、感じ取りながら育ってきたんです。

本来ならば、それは
夫婦間で何とかすべき問題であって、
子どもを巻き込んではいけないのですが
母は、その感情のもって行き所を子どもに求めるんですね。
特に娘を味方にしようとします。
同じ女性として同意が得られやすいですから。

そうすると、
子どもは、
「男とはそういうものだ」
「父(夫)とは、母親(妻)を苦しませる存在だ」ということが
刷り込まれます。
 
こうして、母から娘へ、
男性への憎しみ、軽蔑、敵対心といった「感情の種」が
受け継がれていくんです。

この時の種が
出産を機に、「母」になった時
一気に芽吹いて葉を茂らせるわけです。
 
子育ては女性性を発揮する仕事なのですが
「女なんて」と思っているので
子育てが、ハンデ、罰、のように感じられるんです。
私はそうでした。

実は、赤ちゃん返りするのは
上の子や夫だけではありません。
これはけっこう盲点なのですが
ママ自身も、赤ちゃん返りしているんです。

「赤ちゃん返り」というのは
つまりは、子どもの頃の未消化の感情に
操縦権を渡してしまう=乗っ取られること
なんです。

どうして、子育てがこんなにも大変なのか。

それは、
ママは、子どもと向き合いながら
自分の未消化の感情(インナーチャイルド)とも
向き合わなければならないからです。

私だって甘えたいのに。

赤ちゃん返りした自分のお守りを自分でしながら
赤ちゃんの面倒を見て、
上の子を見て
下手すりゃ、赤ちゃん返りした夫の面倒も見なければならない。

「誰か、助けて」

そりゃ、大変です。
いっぱいいっぱいにもなりますよ。
 


「私だって」
「私ばっかり」
「あなたはいいわね」

子育て中、私はオットに対して
無性にむしゃくしゃしました。
さっきも、当時のことを聞いたら
「あの頃は、、相当 怖かったよね~」と
言っていました。

夫へ感じる、
おまえこんにゃろどうしてくれようかという感情は
幼いとき、母から押し付けられた「夫への不満」が
ベースになっているんです。
 
ママの中で、よみがえるんです。
幼い頃聞かされた「父親像」が。
  
かつて大切な彼だった人、結婚式で将来を誓った人、
この人は違う、この人なら、と思った人

その人が、幼い頃聞かされた「父」に変わった時
ママの中で、何かが終わってしまうのかもしれません。

嵐のような子育て時代が終わっても
夫婦の仲が歩み寄っていかないのは
このあたりに原因があるのでは、と思っています。

パートナーシップを考える(3) ~男性へのプチ復讐

夫に、プチ復讐してませんか?

意地悪なことしたり、
あおって喧嘩を吹っ掛けたり。

家の中の実権を手に収めて
夫が居場所なさげにしている姿に
ちょっと優越感 感じていませんか?

仲良くしたくてすり寄ってくる夫を
冷たくあしらえると、
「女として勝った」気になっていませんか?

かぐや姫のように、
無理難題、吹っ掛けていませんか?←これ私(笑)
 
私はたまにありますよ。
「たまぁ!?頻回でしょ!」
と、オットに突っ込まれそうですが。
そして、そんな時
末っ子に「おとうさんにあやまれ~」と叱られます。 
  
プチ復讐が
脳の回路の中で当たり前になっちゃったんですね。
夫に対して、そんなふうにしかふるまえない。
 
夫婦の間で、暗黙のうちにキャラが確立されてしまい
容易に変えることができない。

そのままずるずると生活していく夫婦は多いんと思います。
  
すこし、呼吸をととのえて、目を閉じ
胸に手を当てて、問うてみましょう。
  
「本当は、夫とどうしたいの?」
  
胸の奥で、もう一人の私が言ってきます。
「素直になりなよ」


素直ってなぁに?

私が謝るの?
私が譲るの?
私の方から頭を下げるの?

そんなことしたら
私の負けになるじゃない!

私は何も悪くないのに!?

ちがうもう一人の私が出てきて
だだっこのように抵抗します。
  
「負けたくない」
  
この気持ちにたどり着いたら、ビンゴです。
これが、女性性の否定からくる感情です。

今まで、夫に抱いてきた怒り、軽蔑、プチ復讐の数々(笑)

それは、女性性の否定からくる
男性への敵対心だったんです。

家庭の中で「勝ち・負け」やってんの?
そりゃ、地球から戦争がなくならないよね、という話なんです。

負けたくない!私ばっかり!
そんな気持ちを、まずしっかり感じてみてください。

感じる、感じきる、というのは
「燃やす」ことに似ています。

不完全燃焼で燃えカスが残らないように、
灰になるまで、しっかり感じましょう。

  
「素直になりなよ」

そのプライド、すべてとっぱらって、
こころが必死に抵抗するのを、一時停止して

本当は
なんて言いたいですか?
なんて言われたいですか?

次に、それを感じてください。
 
言いたかった、
言われたかった

でも、怖かった。
拒絶されるのがこわかった。

拒絶されたらどうしよう・・・
されたわけでもないのに、勝手にそう思い込んで
先に百倍返ししていた・・・。

それをしっかり感じれたら、
目の前に夫の姿を思い浮かべてみてください。

あなたが悩み、苦しんだのと同じように
彼も、あなたと同じ心の痛みを
抱えていることに、思いいたりませんか?

そして、あなたの父も、母も。



幼いころの未消化の感情、
そこから自分を切り離して世界を見たとき

目の前には、全く違った景色が広がっていませんか?

2015年9月24日木曜日

パートナーシップを考える(1) ~産後クライシス

「産後クライシス」という言葉があります。
  
夫婦に赤ちゃんが生まれる、
「おめでたい」できごとの陰で
それまでの私が、あなたが少しずつ瓦解していく。

実は、子どもが2歳までに
離婚するケースは、多いのです。


どうして、こんな気持ちになるんだろう。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。

こんなはずじゃなかったのに。

マタニティ教室や、母親学級では
そんな「おめでたいこと」に
わざわざ水をさすようなこと、教えてくれません。

だからこそ、お母さんもお父さんも
その感情の出どころと、持って行き場に
苦しみます。
  
そして、何より子どもが一番苦しみます。
 
僕/私のせいで、パパとママがつらそうにしている。って。

つい先日、ネットニュースで見かけました。


「夫と一緒にいるのもイヤ」「性欲の塊に見える」…産後豹変する妻たち(産経新聞)
(元ネタはこちら。すぐにリンク切れるかもしれませんが)
 
夫に嫌悪感を抱き、性生活など考えられなくなる。
女性の出産後に訪れることのある夫婦の危機だ。
テレビ番組で“産後クライシス”と名付けられたのを契機に、
ここ2、3年、雑誌で特集が組まれるなど関心が高まっている。
一定期間を過ぎれば元に戻るケースも多いが、
深刻なケースでは妻がセックスを拒否し続けて
離婚につながる場合もあるとされる。
待望の赤ちゃんに恵まれ、幸せいっぱいのはずの夫婦に
何が起きるのか。

■「しゃべるのも苦痛」と夫の帰宅前に就寝

 「出産後、夫としゃべるのも苦痛になった」

さいたま市の会社員、山崎由希さん(28)=仮名=は、
��人目の子作りが難しい状況だという。
「出産前は2人で出かけたり、
食事したりすることがとても楽しかったのに、今は考えられない」

仕事から帰った隆さんが由希さんとコミュニケーションを図ろうと
「今日はどうだった?」と話題を振っても、
由希さんは子供を抱いたまま「普通だよ」とそっけなく返事をするだけ。
隆さんと接触するのを避けるため、夜は隆さんの帰宅前に寝るようにしている。

由希さんは「初めての育児でいっぱいいっぱい。
子供のことを第一に考えなければいけないのに、夫のことも考えるのは無理」。
一方、隆さんはこうした由希さんの態度を
「(出産前と)別人のようだ。子供のこと以外の会話がほぼなくなり、
��人きりの時間を過ごすこともなくなった」と肩を落とす。

由希さんは「半年ほど前から2人目がほしいと思うようになったが、
このままではずっと無理だと思う」。
隆さんも「もう俺のことは好きじゃないのかな。
拒絶されるのはさすがにつらい」と悩んでいる。


ここでは、妻の産後の豹変の理由を
乳汁分泌ホルモンに原因づけていました。
本来動物は、メスと子の集団で子育て生活をしています。
子育てに専念するために、オスを遠ざけるのは、生物学的に自然だと。
  
けれども、という話で。
 
子どもが大きくなった後も、
夫への嫌悪感を引きずり、距離を置く夫婦は多いです。
  
私は、ここにもうちょっと
「人間らしい」視点を加えてお話してみようと思います。

2015年9月11日金曜日

いつかへその緒を切る日のために

お母さんに言いたかった気持ちありますか?

そう問われてどんな感情が起こりますか?

引っかかるものがあるなら
一つ一つ紙に書き出してください。

必ず紙に書き出して、
自分の目で見てください。



抱っこしてほしかった
かまって欲しかった
もっと甘えたかった
わたしだけ見てほしかった
否定しないでほしかった
母親らしくいてほしかった
話を最後まで聞いてほしかった
ありのままを受け止めてほしかった
ほめてほしかった
比べないで欲しかった
遊んでほしかった
怒らないでほしかった



どうですか?
当てはまりますか。
もっと言わないと気が済みませんか?

感情が上がって来たら
しっかり感じましょう。
それは、ため込んでいたもの、
もう出さないと限界を超えたもの、
しっかり感じて出し切りましょう。

それが終わったら、読み進めてください。


こうしてみると
子どもの母親への気持ちは
「ほしい」「ほしい」の羅列ですね。

「して欲しかった」という表現の裏には
「そうしてもらえなかった」という想いが隠れています。


抱っこしてもらえなかった
かまってもらえなかった
甘えさせてくれなかった

話を最後まで聞いてくれなかった
ありのままを受け止めてくれなかった
ほめてくれなかった
遊んでもらえなかった
怒られてばかりだった


こんなふうに言い換えるとどうですか?


お母さん業している人ならわかりますよね。
こんなふうにいわれたら、どうですか?

「はああぁぁ!? ふざけんじゃねぇ!!
 どの口が言っとんじゃぁぁ!!」
って思いませんか?

・・あれ?? 私だけ(笑)?


「欲しいものがもらえなかった」


これは
被害者意識  です。


都合の悪いことを誰かにせいにする。

隣国が悪い
政府が悪い
自治体が悪い
社長が悪い
部長が悪い
班長が悪い
先生が悪い
兄が悪い/姉が悪い
あの子が悪い
 ・・・
他にないか、ほかに悪い奴はいないか・・・。

リーダーは大変です。
リーダー(目上の人)は、
常に心の中の「親像」が投影されますから。

親に対して感じている
「もらえなかった」「してほしかった」という気持ち
無意識に外の人間に求めるんです。

本人に言えりゃ済むことなのに
言えないから、攻撃できる相手を探すんですね。

 
「え?なんのこと?私もう癒されました~(*^▽^*)」
くさいものにふたをして
美化すればするほど、心のすきまから漏れ出て
誰かに向かいます。

どうして、こんなことが起きるんでしょう。

子どもの時っていうのは
あたりまえの日常というのは、記憶に残らないんですよ

「特別な日 (記念日)」
「特別なイベント」
「特別なことをしてほしい」

なぜか?

子どもにとってそれこそが
「大切にされている実感」だからです。

だからこそ、
ゼクシィが売れるんですよ(笑)

どうして彼女が結婚式の細部にまでこだわるのか
ちょっと意に沿わないだけで、こんなにも機嫌が悪くなるのか

子ども意識にとって
「欲しいものを欲しい形でほしいタイミングにもらえなかった」
ということは
「もらえてない」に等しいからです。
そう、0か10しかないからです。

Blue Winds の真美先生がうまいこと例えておられました。

子どもが欲しがっていたクリスマスプレゼントが売り切れでした。
親ならどうしますか?
①クリスマスに間に合うように、違うプレゼントを用意する
②クリスマスを過ぎるが、入荷してから欲しいものを渡す

しかし、子どもはどちらも
「ちがう!もらえてない!!」と思うんです。

これが親の意識と子どもの意識の違いです。

彼氏のプレゼントだったら、どうですか?
ワクワクしながら包装開けて、
思ったより中身がしょぼかったら
心底、がっかりしませんでしたか?

こんな時、「形を変えてでももらえた」 なんてふうには
記憶に残らないんです。
「もらえてない」って記憶に残ってしまうんです。

これが
親への「〇〇してほしかった」の正体です。

そして、これは
大人になった今でも形を変えて
先生に、親に、彼氏に、夫に、下手すりゃ子どもにまで
「してほしい」「してほしい」と触手を伸ばすわけです。



さて、ここからです。

クリスマスプレゼントの例を思い出しましょう。

本当に本当に、何一つ もらえてなかったのか。
ここからは「大人の意識」のあなたが、考えていく番です。

先ほど、書き出した
「欲しかったもの」
それは、別の時に別の形でもらえていなかったか
考えます。

欲しかったもの、それは物質の物とは限りません。
「認めてもらう」
「ほめてもらう」
「寄り添ってもらう」
「受け止めてもらう」
そんな感情体験です。

探します。探してください。
自分の人生ですよ、必死こいて探してください。

探さないから被害者意識から抜けれないし
被害者意識から抜けたくないから探さない。

それがこれまでのあなたでした。

ないない!!そんなものあるもんかぁ!!
と、心が抵抗するかもしれません。

それが被害者意識であり、依存・甘えの正体です。

「私はわるくないのに!」
「いつも私ばっかり!」
「自分だってやってるくせに!」

この被害者意識は、相当根強いです。
最後の最後まで抵抗を見せます。


文字通り「自分との闘い」ですよ。


「ほしい!ほしい!」のうちは
実はまだ母親と心理的な「へその緒」がつながっている状態です。

胎児の時は
何もしなくてもへその緒から、必要なものが流れてきます。
それがあたり前だと思ってしまいました。
お母さんが、必要なものをすべてくれる、
最後の最後にはお母さんが何とかしてくれると
思い込んでしまったんです。

ですからもらえなかった時の
「がっかり感」「裏切られ感」が際立って記憶されたんです。

私は、「生まれ直し」というのは
母親との心理的なへその緒を切るところまでだと思っています。

私も、講義を受けて、
「頭でわかった」つもりでも、やはり心が抵抗していました。
「そう思いたくない」私がいました。

そんな私に、真美先生がくれたフレーズが
この4つでした。

◎お母さんは、一人の人間。私の世話は私がする


◎欲しいものは、ちがう形ですべてもらえていた


◎産んでくれただけで、一生分の愛をもらえている


◎私が自分の意思で生まれてきた



その言葉を感じて、どんなふうに感じるかワークしていきます。
いい・わるいをなくし、自分の気持ちを感じます。

そして、さとすように、何度も胸にしみるように語りかけました。
くりかえすたびに、胸のすきまが埋まっていくように。

そうして、4か月たちましたが
母への渦巻いていた感情はいつの間にか落ち着きました。

遠く離れて暮らしていますが
考えると、ほわんと胸のあたりがあたたかくなります。

母親とのへその緒が切れたとき、
わが身に起こるすべてを引き受ける覚悟が決まり
本当の意味で成長が始まるように思います。

 
  

2015年9月8日火曜日

お寺deYOGA 下関リトリートに行ってきました

��月5日、6日と
ヨガ・インストラクター Kanaさんが主宰される
「お寺deYOGA」というイベントがありました。

※写真はKanaさんからお借りしました
Kanaさんのブログ

下関に引っ越してきて
ヨガのできるところを探していたときに
ご縁があって参加したイベントでした。

そこから現在の師である
安部先生につながりました。

下関での私のヨガライフを導いてくれた方
と言っても過言ではありません。

今回、予約したものの
中学校の運動会と重なっていることがわかり、
泣く泣くいったんキャンセルしました。

しかし!
運動会は雨で中止となり、
急きょ、参加することにしました。

ふと思いついて、オットを誘いました。

ベル当番(呼び出されたら仕事)だったので
呼び出しに備えて
自宅から離れたところに行きたがらないのですが
今回、ねちねちと交渉?した結果
一緒に行くことになりました。

車の中では、今後の仕事について
いろいろ話をしました。

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師である安部先生のレッスンを受けました。

インストラクターNamiさん編集



余計なものをそぎ落とした
奇をてらわないシンプルな動き、
その中に、人の本質があるんですね。

先生のレッスンは、
どんどん動きがシンプル化して
効果はどんどんわかりやすくなっています。

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この日、レッスンを受けながら
私自身のレッスン内容や方向性を考える
いい機会になりました。

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知らず知らずのうちに避けていること
それは
苦手意識や、自己否定の意識から
くるものだったりします。

「知らず知らず」なので、最初は気づきません。
自分になじんで一体化していますから。

自分の内面が成長してくると
ある突然それが
「今の自分にそぐわないもの」として
自覚できるようになります。

「ああ、こんなことが実は苦手に感じていたんだ」って。

自覚できるようになったってことは
そぐわないものとして手放せる準備ができましたって
ことなのかなと思います。

そんなものをいっぱい見つけました。
そして、それを「やめよう!」と思うことができました。

今年の寺ヨガは
インストラクターとして、たくさん学ぶことができました。

佳奈さん、ありがとうございました。


そして、前日の晩、
下関でインストラクターをしているNamiさん
宿泊のイベントをされました。

私は、運動会があったので夜の部のみ参加しましたよ。

マルチな才能を持つ塾長と
埼玉から福岡まで引っ越して塾生を続けているひふみちゃんが
舞を披露されました。

Tomokoさん写真写真借りてます
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舞、踊りっていうのは
理屈を超えて心にダイレクトに響くんですね。

私、ボロボロ泣いてしまいました。


お二人とも
企画、運営は、本当に大変だったと思いますが
それぞれの雰囲気がよく出た素敵なイベントでした。


ブログ読者のみなさま
また、機会があったら一緒に参加してみませんか?

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